社会的な問題「介護離職」を考えてみる

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私たちの世代(40後半~60代前半)は親の介護という問題も抱えています。親の介護に重きをおき仕事を辞めることを選択、いわゆる「介護離職」が年間10万人いるといわれ社会問題ともなっています。国はこの管理職世代の離職は大きな損失とされて「介護離職防止策」を施策されるほどです。

親の介護と仕事を両立させるが難しいと判断し、仕事を辞め親の介護に洗練することを「介護離職」と称しています。「介護離職」の話題をネットで検索しても、「介護離職後は悲惨な生活」と書かれている記事を読んだりします。それは当事者が幸か不幸かを決めるのであって他人が決めることではないはずですが、私の介護に対する思い・考えを聞いてください。

私も高齢の母がおり、親の世話を私なりにしております。母は、介護施設(有料老人ホーム)に入居しているので直接的に親の介護をしているわけではありません。親が発熱した時、風症状がある時、医療機関につなぐ役割をしています。病院に母親を連れて行く時、親のことができる自分に「幸せ」を感じます。

先月の出来事。4月10日、91歳になる母が退院。病名は「尿路感染の疑い」とうことで10日間の入院でした。去年の11月4日にも、発熱、嘔吐があり救急で搬送され、そのまま入院となった経緯がありました。

その時の病名は「尿路結石」が腎臓にあり、処置方法は2つあり、手術での摘出するか自然に腎臓から膀胱に降りて尿と一緒に排出されるという。
手術は水圧で石を破壊(電気水圧衝撃波)するので細菌が散り炎症をおこすリスクがあるという担当医からの説明がありました。
自然に石が小さくなり尿と一緒に排出されるのを期待して膀胱カテーテルを入れて様子をみることにしました。
結石も小さくなり、腎臓から膀胱に降りてきて降り、膀胱カテーテルは外せないが同月の30日に退院となりました。

毎月一回は膀胱カテーテル交換で通院。時には施設でオムツの交換時ヘルパーさんが間違ってカテーテルを抜いてしまい病院へ連れて行くこともありました。
それから一か月後に膀胱カテーテルを抜いて膀胱に水を入れ自然に出せるかを試す。残尿(水)が無いかを超音波で確認し、カテーテルを取り外すことなりました。
がその夜に、激しい嘔吐と発熱があり、今回の救急入院となったのでした。

私たち家族は、施設側に親の介護全般をお願いしているわけです。医療に関しては家族側が対応するのが基本的ルールになっており、それがチームケアです。

親の介護は一人で行うことは肉体的、精神的、経済的に重くのしかかってきます。負担を分散することで緩和されてきます。夜間は有料老人ホームの施設、日中は介護保険の在宅サービス(通所介護、訪問介護)、病院などの対応は家族が行うなどをお互いの役目を理解することが大切です。家族も施設ばかりに任せるのではなく、時にはお見舞い、病院に連れて行くなどの関わりがあると「親孝行できている」と子も実感できるものです。

「親孝行が実感できる」ことは幸せなことだと思います。なかには「親孝行」したくても出来ない方もおられる。「親孝行」出来ることも人生の成功の一つではないかと思います。

親のことに無関心で仕事を続ける。集中して仕事をすることで地位や名誉・名声を得ることはできるでしょう。経済的にも豊かになると思います。だからといって人生「幸せ」とは限りません。今、という時の中で行動するから、「幸せ」を感じることができる。その時、今、その瞬間に。「幸せ」を後(10年先とか)になって味わうことはできません。

「介護離職」は、その今を、大切に思い、感じたいから選ぶのだと思います。もちろん間違ったことでもありません。しかし、一人で親の介護をすることは、肉体的、精神的、経済的にとても大きな負担となります。容易なことではありません。また介護する期間も1~2年の短期だとは限りません。10年以上も親の介護をする可能性もあるわけですから、介護保険の在宅サービス、介護施設を利用することも念頭に入れてほしいと切に願います。親を大切に思う気持ちは、「介護離職」「制度・施設利用」どちらも変わりはありません。

最後に第13回ACジャパン広告学生賞の新聞広告部門「準グランプリ受賞作品」のリンクを貼っておきます。「かわらないこと」 それが精一杯の愛情表現だと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

1964年生まれ 一級建築施工管理技士、介護福祉士・・・青年期は、電子工学を学びコンピュータの魅力にハマる。 成人期は、建築関連の仕事に就き、2004年に自身で設計・確認申請・施工しマイホームを建てる。中年期は、介護・福祉の現場を経て関連のセミナー講師、ブロガーとして活動。