自我に「〇〇なる」「〇〇する」を考えさせない

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自我の役割は「〇〇になりたい」「〇〇したい」と考えると思っていませんか。それは自我の仕事ではありません。「それでは、私は何をすれば良いのでしょうか?」貴方は何もしないでください。「何も…ですか…?」そうです、何も。

自我とは・・・知覚・思考・意志・行為などの自己同一的な主体として、他者や外界から区別して意識される自分。

私たちは、何か行動を起こそうとする時に、頭の中で(〇〇して、〇〇になったら困るから〇〇しないといけないなぁ)と考えてから行動に移すことが普通だと認識されてます。それは全くあべこべな行動パターンです。

本来は「行動→思考→結果」が正しい流れのようです。自然界では、思考が先だと目の前にいる獲物を取り逃してしまいます。私たちは、あまりにも豊かな生活に長く居たおかげで、本来、備わっている能力を使わなくなったようです。私たちが無人島に漂流したとすると、本来の自分に戻るかもしれません。

自我の役割は思考ではなく、観察です。無人島で生活しているイメージをしてみてください。貴方は木の棒を見つけ棒の先を岩に擦り付け、鋭角させ魚を突いています。生きるために備わっているサバイバリティ(生存能力)を発揮させています。これが本来の自分、自然の姿です。自我の役割は、「本来の自分を思い出す」のようです。

それでは、どのようにして思い出すことができるのでしょう。「自我の思考を停止する」難しく感じる人もいるかもしれません。しかし、私たちは既に体験をしています。それは、この世に生を受けた0〜3、4歳の頃。思考よりも先に身体が先に動いていたあの頃です。思い出すことはかなり難しいことですが、レッツ・チャレンジ。

今、おかれた状況の中で、まだ幼かった頃の気持ちを表現できたら劇的な変化をもたらすことでしょう。

無邪気、好奇心、行動、活発、喜怒哀楽、笑顔、泣き顔、笑い、走り回る、喜ぶ

感情表現が下手になったのは、いつから…大人になった時から私たちは感情表現を隠すようになった。どうして…何故なのか…。感情をあらわにするのは、「大人のすることではない」と教えられたからだ。親から子へと受け継がれた。

自由奔放な人、天真爛漫な人をみると、羨ましかったり、非難したり、憧れたり、と様々な感情がでてくる。それを肯定も否定もせずただ自己観察をする「何故、私は、あの人が羨ましいのだろう」と自分に質問するだけでよい。答えは考えないように・・・答えが返ってきてもそれは自我が発したものだから。

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ABOUTこの記事をかいた人

1963年生まれ 一級建築施工管理技士、介護福祉士・・・青年期は、電子工学を学びコンピュータの魅力にハマる。 成人期は、建築関連の仕事に就き、2004年に自身で設計・確認申請・施工しマイホームを建てる。中年期は、介護・福祉の現場を経て関連のセミナー講師、ブロガーとして活動。