「幸せ」になることは、至極簡単なこと

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カーペットに寝そべり、本を読んでいると、すぐ隣の食卓テーブル上で書類を広げ、経理の仕事をしている妻曰く「幸せそうな、貴方をみると私も幸せ」と微笑みで、つぶやく。同感である。妻の笑顔をみると私も幸せだ。読書の時間も勿論「幸せ」を感じる。

他にもある。美味しいものを食べている時。夫婦で買物・ランチ目的で街中を歩いている時。好きな音楽を聴いている時。ブログの記事を書いている時。イビキをかいて、夢をみている時。

もっと「幸せ」を求めていい。好きな本をじっくり読める、時間を作ればいい。美味しい食事が頂けるよう、仕事を軌道に乗せればいい。妻と仲良く暮らせるよう、自分を磨けばいい。好きな曲をもっと検索しダウンロードすればいい。良い眠りにつくよう、日中、体を動かせばいい。至極、簡単なことだ。こんなに簡単なことなのに若い頃、何故出来なかったのだ。不思議だ。難しく考えていたのは自分自身。「幸せ」になることは、実は簡単なことであると最近になって気づいた。誰かに催眠術でもかけられていたのかな「幸せになることは難しいことだ」と。

十代の頃、彼女が欲しくて、求めていた。「欲している」のを女性に知られると、相手は私に魅力を感じない。求めている心を見透かされると対象から避けられる。いかにも「自分は満たされているよ」風を醸し出さないと。これは他のことでも云えている。例えば「お金」だ。求めすぎると逃げられる。追っていけばいくほど逃げられる。追うことを止めて、目の前のことに没頭すれば、いつの間にか向こうからやって来る。

一旦「幸せ」を感じると、これ以上もこれ以下も無いことに気づく。いつでも「幸せ」になれる、そのことにも気づく。いつ何時でも、どこにいても、誰と一緒だろうと、独りでも「幸せ」を感じることができる。「幸せ」を求めるという行為は、何が「幸せ」なのか自分がまだ知らないから、「幸せ」を一度も手にしていないからだ。もしくは「不幸」体験をしていないから「幸せ」すら感じない。

いろんなことを体験し、何に対して自分が「幸せ」を感じるかを試せばいい。多くの人は、その行為が「難しい」と口をそろえて云う。「体験する環境・状況ではない」、「時間も無い」、「もう歳だ」、という人もいる。本当にそうだろうか、疑問だ。「幸せになることは、難しいことだ」と誰かの暗示にかかっている。きっとそうだ。

現代は素晴らしい。「幸せ」を体験する環境は全てそろっている。スマホで世界の人々と対戦ゲームができる。仕事が終わり、仲間と酒を飲みかわす時間もある。ゲームをしている時が「幸せ」なら何も問題ない。酒を飲み、愚痴をこぼすのが「幸せ」だったら何も問題など無い。その人は「幸せ」なのであり、それが至福の時だから。

自分に自信をもって宣言していい。「私は幸せである、私は幸せである、私は今が幸せである」心からそう云えると。

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ABOUTこの記事をかいた人

1963年生まれ 一級建築施工管理技士、介護福祉士・・・青年期は、電子工学を学びコンピュータの魅力にハマる。 成人期は、建築関連の仕事に就き、2004年に自身で設計・確認申請・施工しマイホームを建てる。中年期は、介護・福祉の現場を経て関連のセミナー講師、ブロガーとして活動。